腰痛ラボ

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【古舘伊知郎さん 後編】
「アンバランスというバランスがある。そして“歪みが人を作る”」

「アンバランスというバランスがある。そして“歪みが人を作る”」

前編では、中学時代からの“痛み”との付き合いの歴史について伺いました。後編では、現在の対処法や将来のことについて語っていただきました。ご自身は、姿勢を正して自然治癒させるという理想郷にはまだまだ辿り着けない修業僧のようなものだとおっしゃいます。

—— 40歳のときにMRIで、2番頸椎の中にポツンと傷がついていることがわかった・・・というところまで伺いましたが、手術はなさらなかったのですか。

古舘伊知郎さん(以下、古舘) 

   これはね、先生からも「ムチウチにならないように気をつけてください」って言われましたから、自分で注意して過ごすしかないってことなんですね。そして、首の2番頸椎は悪いわ、椎間板の手術はしてるわ、腰椎4番、5番の椎間板は無いわで・・・手術したお陰で幸い急激な痛みは無いものの、ず〜っと腰痛は続いていて今日に至っているわけです。腰痛のことを思うと、ホモ・サピエンスは二足歩行を完遂していないのではないかと考えてしまうくらいです。

—— 人間の骨格は二足歩行のためのもので、座ることには不向きなのだそうです。座る時間が長くなったことで腰痛になったのだと。

古舘 なるほど。以前、テレビ番組で動物行動学の先生にお話を伺ったところ、人間は汗をかくことで体温調節をして長く歩いたり、走ったりできるのだと。汗をかくほ乳類は人間と馬と・・・失念しましたがもう一種類いるようですが、全身の発汗によって体温調節を行う、走りながら汗をかいて体温調整するという人間と同じ理由で汗をかくほ乳類は野生の馬だけなんだそうです。遙か20万年前に思いを馳せれば、我々の祖先、ホモ・サピエンスは二足歩行を確立する前、ジャングルの中では類人猿に敵わず落ちこぼれ、ジャングルを追われてサバンナへ出た。まず遠くの天敵をいち早く見つけるために立ち上がり、二足歩行を始める。と、同時に体毛を落として汗腺を発達させたわけです。それは、遠くのジャングルまで一気にサバンナを駆け抜けるためだったのだと。二足歩行をする、体毛を落とす、汗をかくというこのホモ・サピエンス三位一体の大改革は森を目指すためだった・・・ホモ・サピエンスの進化については諸説ありますが、これはありえるなあと。

—— なるほど、その三位一体進化説は実に興味深いですね。

古舘 でしょう。その進化の果てに、知恵も持つことで腰痛が始まったとするならば、まさに腰痛は現代病です。ホモ・サピエンスの約20万年の歴史からすれば、つい最近のことですからね。

—— 現代病ですか、確かにそうですね。

古舘 それとね、首と腰ともう一つ、私の姿勢がここまで悪くなった決定的な理由があるんですよ。

—— まだ、あるのですか!そ、それは?

古舘 実況です。実況という病。僕は20代〜40代、F1、プロレス、水泳・・・いろいろな実況中継をやってきましたけど、その時の姿勢たるや最悪ですからね。長時間椅子に腰掛けて、机に片方の肘をついてF1ならエンジンやエグゾーストの大音響、プロレスならば体育館の中に響く大歓声の中、隣の解説者の声が聞こえるようにヘッドセットを片手でぐっと押さえながら、解説者の方にぐいっと背中を歪め、喉側の胸鎖乳突筋と前斜角筋が突っ張って首を突き出した状態でマイクに向かって喋る。これが僕の実況の“型”になっちゃってたんです。背骨も頸椎も最悪の状態のうえに、ストレートネックですから。胸鎖乳突筋と前斜角筋は慢性的に凝ってましたし。実況という仕事をやらせていただいた僕の宿命ですね。

—— 実況病・・・ですか。古舘さんが実況しておられる様子が目に浮かびます。時々、解説者の方と配置を変えるということはできなかったのですか。

古舘 僕の配置を変えると全体のレイアウトを変えなくてはならなくなって、迷惑がかかっちゃうわけです。それは避けたかった。それと、実況の体勢を体が覚えちゃってましたから、いつもの体勢じゃないと脳が混乱して、喋りのネットワークが乱れていつものように喋れなくなるんですよ。僕の舌先の利き腕みたいなものですね。

—— 最悪の姿勢で行われた実況中継で数えきれないほどの名フレーズが生まれたと思うと、複雑な心境になります。首、腰、実況の三位一体で姿勢が悪くなった古舘さんの最近の腰痛とのお付き合いの様子を教えてください。

古舘 僕も60も半ばになろうとしているので少しは体を鍛えなきゃいけないなと思い、週に2回くらい筋トレをやってます。

—— 筋トレで腰は痛くならないのですか。

古舘 痛くなりますが、何もせずに固まってしまう方がよくないんですよ。腰をかばってどこかの部位が筋肉痛になったり、筋が硬くなったりすると、ああ、今回はこっちに負担がかかって痛みがまわってきてるなって、だいたいローテーションがあってね、わかるんです。どこかに痛みがあるということはそれで腰を痛めずにすんでいるんだなと。

—— 筋トレのほかに、痛みの対処法は?定期的に通われているところはありますか。

古舘 月に1度くらいの頻度で、ちょっと不思議な整体の先生に診ていただいています。僕は首と腰が悪いのでつまり背中全体が悪いわけですが、背中には触らない。足首や頭を触るんです。しかも所要時間は7分くらい。先生の理論によると、腰痛はある意味結果である、と。痛みは脳の指令と末端からの逆指令でインタラクティブに痛点を判断していて、結果、痛点は脳が判断している。だから、頭に触れることで脳からの指令の途中の渋滞を解消し、指示系統をハッキリさせることで腰の痛みを解消する・・と、いう理論らしいです。雨漏りだって雨が漏れている場所に原因があるわけじゃないでしょう。

—— 確かにそうですね。なんとも不思議な治療です。

古舘 ほかにも流行りの骨盤矯正、鍼、筋膜リリース、筋膜リンパマッサージにも行きますし、日常の中の1コマ1コマにはアーユル チェアーも取り入れている。欲張りです。しかも雑食系ですね。これは私の中のホリスティック医療です

—— 辛い思いをされただけに、日々努力をされているのですね。

古舘 そうなんですが、長年かけてこれだけゆがめて来ちゃったから、アーユル チェアーに座って正しい姿勢になると腰が痛くなるんですよ。それでね「アーユル チェアーさん、あなたの正しさはわかってるよ。でもね、これだけ長年、慢性的にねじ曲げて、ゆがめて、汚れちまったこの体は一朝一夕には善人にはなれないのだよ。正しい姿勢を要求されると辛いんだよ」という無言の対話もあるわけです。もっとフレッシュな若い頃に出会いたかったなあと。

—— あははは、そんな対話をされていたとは。

古舘 僕はね、アンバランスというバランスがあると思っているんです。誰だって少しは歪んでいるんですよ。体も性格も人生だって。決して教科書通りにはいかないんですから。でもね、首のゆがみを肩胛骨の一部が背負い、腰の歪みは支点にする脚が補う。「お前の痛みは俺がカバーしてやるよ、お前の大赤字はこっちの事業で解消してやるよ」みたいなね。そうやってプラマイゼロのバランスとって、なんとか生きていくっていうか、まさに人生そのものだと思うんですよ。

—— 深い・・・でも、いつかは痛みから解放されたいですか?

古舘 もちろん、姿勢を良くして全てを解消するというのが理想ですし、その理想に向かって夢をもって生きていかなくてはいけません。3年先、5年先の夢を追い、いつかは自重で治す、自然治癒を目指す反面、毎日のしのぎも大事にして、歪みや腰痛にすら感謝をする。歪みもなく痛みもなければ、首や腰や背中の存在を忘れて感謝することもないでしょうから。痛みを感じるときって、「ああ、生きてるな」って思うんですよ。痛みがあればこそね、歪みと歪みで対峙させながら何とか雨露をしのいできたんだなあという、生かされているという実感が湧くんです。大きな痛みは辛いので回避したいと思いますが、多少の痛みと付き合うってことは、自分の人生と寄り添ってる感じもするし。人生を考えるきっかけにもなります。

—— わあ、それはもう「腰痛道」ですね。

古舘 そうかもしれません。自分で治すという理想郷に行く途中の、まだまだ苦行を繰り返している、僕は修行僧なんだと思います。腰痛とは長い友だちで同居してきたんで、もう別れられないんですよ。すーっと姿勢を良くして寿命を全うする理想郷を目指しはしますけど、なかなかそこまではいけない・・・それが僕の腰痛との長い寄り添い方なのです。

“実況の神様”のあの見事な実況は、まさに体を張った喋りだった。アーユル チェアーとの無言の対話に、思わず「わかる、わかる」と、心の中で叫んだ腰痛持ちの方も多かったはず。自分で治す理想郷への旅はもうしばらく続きそうですが、テレビ等でお姿を拝見したときには、頸椎や腰椎、胸鎖乳突筋や前斜角筋にエールを送りつつ、痛みに寄り添いながら苦行を続ける古舘さんを尊敬の眼差しで見つめることでしょう。

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