腰痛ラボ

腰痛の悩みが和らぐ、腰痛改善を一緒に考えるラボ

【小山薫堂さん 前編】
「ぎっくり腰が、ぼくの人生を変えました」


あの人も腰痛持ち #1 小山薫堂さん
「ぎっくり腰が、ぼくの人生を変えました」

放送作家、脚本家の小山薫堂さんと「腰痛ラボ」編集長の北原徹は出会ってから20年くらいの月が経つ。「シザーズリーグ」が始まる数年前だったと思う。北原は週刊誌「an・an」の編集部員だった。その後もすれ違ったり、仕事でお世話になったりしていた。


小山薫堂 さん(以下「小山」)

   ぼくと北原さんの関係は、ぼくの連載の担当だったんですよね。

北原徹(以下「北原」)

   「POPEYE」時代ですね。一風変わった本のエッセイを書いていただきました。タイトルは「ブックエンドじゃ止められない!」。偶然頭をよぎったタイトルでしたが、あの後広告代理店の方から売ってほしいくらいのタイトルと言われました。

小山 なんだかんだと長い仲になりましたね。そして、「腰痛ラボ」編集長!

北原 ありがとうございます。まずは「腰痛ラボ」創刊のきっかけとなる、「腰痛部」はどんな経緯でつくられたんですか?

小山 きっかけはぼくがぎっくり腰になったことですね。ぎっくり腰になったってことをラジオで言ったら、「私も、私も」って実はみんな腰痛だったんです。じっくり原稿を書いた後も「痛ててて」ってなるから、それを定期的にラジオでやりたいな、と。それと「腰痛部」って言葉の響きがいいですよね、って思いましたね(笑)。

北原 小山さんって「部」をつくるの好きですよね。昔、喫茶店で一緒に自分たちのライカを見せ合って。そのときも「写真部」だったか、「ライカ部」つくりましょうよ! っておっしゃってくださったけれど、あの日のことを思い出しますよ(笑)。

小山 世の中に腰痛持ちは意外と多いのに、腰痛持ちの発言の場がないな、腰痛持ちの発散の場がないな、と思うんです。個人個人で抱え込んでいるというのが「腰痛部」をつくろうと思ったきっかけです。

北原 分かち合うってことですね。

小山 そう、分かち合う! って言いながら、「他人の痛みが自分の痛みを和らげる」って思うこともあります。腰痛短歌はそんな思いがあって。まったく逆の発想ですね。

北原 それ、いただきたいです。「腰痛ラボ」にも!

小山 「腰痛短歌〜他人の痛みが自分の痛みを和らげる」ってコーナーですね。「 By FUTURESCAPE 」をつけてやりましょう。

北原 編集会議になってきましたね。内容に突っ込んでいく前に、小山さんの腰痛歴を伺いたいです。

小山 初めてぎっくり腰になったのは高校のバスケット部の時だったかな、大学時代にはすでにやっていますね。

北原 なんと! ぼくらふたり同じ64年生まれですが、腰痛歴もほぼ同じ! ぼくも高校時代にはすでに腰痛に悩まされ、大学の塾のバイトでテキストを運ぼうとした瞬間「ギクッ」っていきました。

小山 ぼくが記憶にあるのはラジオの罰ゲームでブリッジをやらされて。あのひっくり返って背筋を伸ばす、あれです。あれをやっておかしくなって、それはFm-yokohamaだったんですが、その後J-WAVEでした。仕事が終わって、痛くてもう動けなくて、J-WAVEの隣りにあるホテルに泊まったっていうことがありました。

北原 腰痛エピソードですね。

小山 それがきっかけで、椅子探しを始めましたね。重要ですね。椅子は。

小山 そうなんですよ。20代、それまでは座り心地の良い、柔らかい椅子に座って書き物をしていたんです。そしたら、もう、正座していた人が立ち上がれなくなる、あの感じで立ち上がれなくなって。腰が痛くて。それでオフィスチェアを変えたんです。

北原 椅子を変えて、どうでした。

小山 20代で椅子の力に気づきましたね。

北原 腰痛改善でまずは椅子、と。今はスポーツとかされるんですか?

小山 水泳とかですかね。って言ってももう1年くらいしてないんですが(笑)。

北原 そこも同じです。ぼくも水泳行かねばと早一年……。話は変わりますが、なぜにぼくを編集長に推薦してくださったのですか?

小山 北原さんが腰痛持ちだとは知らなかったのですが、「腰痛ラボ」の最初の目的は腰痛雑誌をつくることだったんですよ。腰痛に関連する企業とコラボをしていくとか、そういう意味では編集者の力が必要だな、と。編集ができて、できたらプロダクションとかではなくて、と思ったんです。プロダクションだと人がたくさんいるので、想いが薄くなるじゃないですか? 北原さんと以前会ったときに「PLEASE」をひとりでつくっているって聞いたからですね。ひとりで全部やる、その情熱って凄いな、と。その情熱で腰痛に注いでもらったら良いな、と思って連絡したら、本当に腰痛持ちだった(笑)。

北原 最初のメッセージには笑いました。「ご無沙汰しています。お元気ですか? かなり唐突な質問で恐縮ですが、北原さんは腰痛持ちですか?」ですよ。

小山 はははは。変なメッセージですよね。腰痛であるなら、これは、と思ったんです。腰痛って、30代、気を抜くっていうか、無防備だったんですよ、腰痛に。喉元過ぎれば熱さ忘れるって感じで、ぎっくり腰になったときはなんとかしないと! って思うわけです。でも、治ったらすぐに忘れて、いつも通り、そんな感じだったんですよ。ですが、40歳を超えたあたりから、クシャミするときもちゃんとどっかにつかまってからクシャミするとか、顔を洗うときにお腹に力を入れて腰をかがめようとするなど、意識をするようになり、腰痛やぎっくり腰は減るようになりました。それでも油断しているとギクッてなって、まだまだ修行が足りないな、と思うんです。そういう意味では最大の腰痛改善策はいつなんどきも意識をするってことだと思いますね。腰痛を自分は抱えているのだということを忘れない、ってことですね。

北原 それは大事なことですよね。

小山 だから、「腰痛短歌」なんて良いと思うのです。常にネタを探すわけじゃないですか? それがきっかけで腰痛だという意識が働くわけです。頭の片隅に置いているから、腰痛、腰痛って言い続けるだけでも良いんですよ。

北原 今の小山さんの意識を歌にすると、「クシャミする、その前に探すつかむ場所、腰痛予防の第一歩かな」みたいな。

小山 早速、腰痛短歌ですか!

北原 でも、これが意識。これが予防ですね。

小山 そうですね。これこそが予防に絶対なる。椅子も大事ですが、意識も大事なんですよ。

北原 Fm-yokohamaの「FUTURESCAPE」では<アーユル チェアー>に座って話されているんですよね?

小山 <アーユル チェアー>はトレーニングチェアーとして良いんですよ。集中した会議のとき、意識して座って、骨盤を立てて、お腹にちょっと力を入れて、日常の隙間でのプチトレーニングには最良の腰痛改善グッズだと思いますよ。坐骨座りができる機会をつくってくれるのです。

北原 ぼくも随分トレーニングさせてもらっています。

小山 我々の腰も大事だけれど、「腰痛ラボ」の広がりも考えないとですよね。お問い合わせのフォームから、「わが社でも腰痛部をつくりたい」とか来るといいですよね。

北原 腰痛がみんなに広がると良いですね、って腰痛を広げちゃいけないですが、腰痛持ちの悩みや苦悩を分かち合うっていうことができると良いですね。

小山 企業が「腰痛ラボ」とコラボレーションしたいとかね。コラボレーション相手になりたいとか、コラボレーションアイテムをつくりたいとか。

北原 やりたいですね。コラボ企画! 夢が広がりますね。

小山薫堂さんの回、前編は小山さんの腰痛歴を伺ったり、「腰痛部」の結成の裏側を伺ったり、という感じでした。そこに「腰痛ラボ」の編集会議的にアイデアをいただきながら、なんとも和やかで、腰痛も和らぐようでした。
次回後編は小山さんと「腰痛ラボ」の編集内容なども伺ってみましたので、楽しみにしてください。

Photography : Toru Kitahara (Portrait) , Yasuyuki Hasegawa
Text : Toru Kitaraha
「腰痛部」に刺激を受けて

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